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名古屋高等裁判所 平成6年(ラ)222号 決定

抗告人

乙野春子

右代理人弁護士

辻徹

主文

一  原審判を取り消す。

二  抗告人の氏「乙野」を「甲野」と変更することを許可する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由

別紙即時抗告申立書及び抗告の趣旨変更申立書(各写し)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  氏の変更について、戸籍法一〇七条一項所定の「やむを得ない事由」の存否を判断するにあたっては、それが婚姻前の氏への変更である場合には、民法が離婚復氏を原則としていること(民法七六七条一項)などに鑑み、一般の氏の変更の場合よりもある程度要件を緩和して解釈することが許されるものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、本件記録によれば次の事実が認められる。

(一)  申立人は、昭和三七年一月一〇日に本籍地である岐阜県○○郡××町で生まれ、昭和五八年一一月一九日に乙野夏男と婚姻するまでの二一年余り、本籍地あるいは岐阜市において、両親の氏である甲野姓で社会生活を送っていた。

(二)  右婚姻により、申立人は夫の氏である乙野姓となり、大垣市に居住し、同市内の薬局に勤務していたが、平成二年四月九日に協議離婚し、その際、右勤務の関係から引き続き乙野姓の方が都合がよいものと考え、民法七六七条二項、戸籍法七七条の二の届出をして婚氏である乙野姓の継続使用を選択し、その後、美濃加茂市へ転居して勤務先を変えてからも、乙野姓を使用していた。

(三)  ところが、申立人は、平成六年七月ころから本籍地の実家に戻って両親と同居するようになったため、一部には乙野姓を宛名とする手紙等を受けることがあるものの、近所や新たな勤務先である電気販売店では婚姻前の甲野姓を事実上使用している。

(四)  申立人は、現在妊娠しており、出産予定日は平成七年二月一三日であるが、子の父と婚姻する予定はなく、今後も実家において両親と同居し、引き続き甲野姓を事実上使用するつもりでいることから、乙野姓であることは社会生活上の支障を来し、特に生まれてくる子については、幼稚園・学校等の関係から、同居する祖父母及び申立人の使用する(もっとも、申立人については事実上の使用であることは勿論である。)甲野姓とは異なり、家族中一人だけ乙野姓を使用せざるを得ず、将来いじめに遭う原因になる可能性があるとの危惧を抱き、甲野姓への氏の変更を強く希望している。

以上の認定事実をもとに検討すると、申立人は離婚に際して当時の勤務の関係から婚氏である乙野姓の継続使用を選択し、四年余りを経過したものの、その使用期間はさほど長いとはいえないうえ、使用中の生活範囲も概ね大垣市及び美濃加茂市に限定された比較的狭いものと考えられ、未だ乙野姓が申立人の離婚後の呼称として社会的に定着したとはいい難い。かえって、申立人が現在居住する本籍地においては、申立人の呼称は、その婚姻前の姓であり離婚後帰郷してから事実上使用している甲野姓として定着しつつあるともいえる。また、申立人の生活状況は婚氏の継続使用を選択した離婚当時とはかなり変化し、申立人が今後も乙野姓のままでいることについて抱く危惧もそれなりに理解し得ないではなく、本件氏の変更申立てを恣意的なものと断ずることはできない。さらに、申立人の氏が甲野姓に変更されることにより、社会的弊害の生ずる恐れがあるとする事情も窺えない。

そうすると、本件申立てに係る氏の変更は、婚姻前の氏への変更であることをも考慮し、戸籍法一〇七条一項所定の「やむを得ない事由」に該当するというべきであり、これを許可するのが相当である。

3  よって、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消したうえ、抗告人の氏「乙野」を「甲野」と変更することを許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上野精 裁判官 熊田士朗 裁判官 岩田好二)

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